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「フェミニズムズ」金沢21世紀美術館特別展-多様な視点で

 

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公開前から気になっていた「フェミニズムズ」展!

公開初日の10/16に行きました。(それに合わせてふらふらと一人金沢旅も。)

同時開催の展示「ぎこちない会話への対応策−第三波フェミニズムの視点で」とあわせて観覧したのですが、方向性の異なる企画だったようでした。

 

当日朝ふらふら美術館を見て回って、ふむこれは面白い、わからん、キモチワルイ等感じていたのですが、アーティスト本人たちの講演があるらしいとポスターを見て気づく。

内輪向けかな、メディアの人向けかなと思いながらダメ元で受付していた方に聞くと、昼からの講演なら参加できますよーと言われる。ラッキー!と思いながら申し込みました。なんでも言うてみるもんですね。

 

あとから探すとホームページにも載ってた。

 

私が聞いたのはクロストークの2回目、遠藤麻衣さん、百瀬文さん、森栄喜さんの3名とキュレーターの高橋律子さんの回。

 

あとは講演会の時のメモを貼っておきます。

 https://www.kanazawa21.jp/tmpImages/videoFiles/file-62-512-file.pdf

 

高橋律子さん

・この企画をやることに美術館として緊張した

・図鑑のようにキュレーションするメリットデメリットどちらもある

・ピンク展でも面白いのでは?という考えもあった(女児のピンクと生産業のピンクを掘り下げるとか)

 

百瀬さん

・隣人とともにある方法のひとつがフェミニズムでは当たり前にあると感じている

 

遠藤まいさん

・(まずフェミニズムズのいう)タイトルが大きいなという印象

フェミニスト90年代の田嶋さんとかのイメージに対して 抵抗感があったが、それを解体したいと葛藤した。

フェミニズムにはいいイメージがあった

 

栄喜さん

・まず、作品がアーティストの手を離れたら文脈はコントロールできないと思っている

・個人的な思いから出発している作品が、フェミニズムズにつながってびっくり

・個人の対話や、思い・考えを小さいまま伝えること、結論を見つけていく過程自体が何かを変えていく可能性を持っていると考えている

 

作品紹介

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遠藤麻衣 × 百瀬文 Love Condition 

粘土を捏ねながら、対話する二人の映像作品

 

百瀬文さん

言葉でどう現状を語りうるか?

結論に辿り着くためではなく積み重ねる過程そのものが作品。

いろんな性器を粘土で作った。粘土をこねることで言葉がでてきたり、言葉のために粘土で表したり、繰り返した。頭の中をマッサージする感じ。

 

対話で生まれる、一人で思いつかない可能性がある。どうやってそれを生みだすか?

おしゃべりだけではなくて、間に物体が、粘土があって、色んな形になると私たちも触発される。

 

性器の機能は生殖のためだけではない。

相手の言葉を否定してはいけないというルールを設定すると頭を使う、それが粘土いじりにうつっていく。

 

粘土で理想の性器を作ろうとした理由は、性に対して言葉が少ないと思っていたから。

恋愛の最後はセックスなのか?

一般的な単線的なステップしかなく、他人の性行為は聞かなかった。貧相なかんじがする。

体の接触の貧相さを言葉にしてみたら、陳腐で、他の形をみつけたくてこの作品を作った。

 対話自体がセックスみたい。 

映像を手と粘土だけにしたのは作家を見ないで済むようにするため。人の顔って社会性を持ってる場所だから不要な刺激を受けてしまう。

 

遠藤さん

 この作品よりも前に結婚式を演劇祭でやろうとしたことがある。

結婚して2年で見えてくる結婚の意味があった。苗字戻したいとか、国の制度で保障されているが、不自由のあるものと思いはじめた。そこで結婚式をするまえに結婚のルールを話し合い、契約書をつくった。(アイ・アム・ノット・フェミニスト!という映像作品)

sheishere.jp

 

家族や親密な関係性が、社会の制度と離れている。

結婚している人と、結婚できない人とでは前提が違う。(日本では同性愛者の婚姻は認められていないため。)結婚についての作品を作りたかった。

 

結婚してる?って聞かれる時、何を聞かれているんだろうか。

結婚って何を指してるのかな?

届は出してないけど婚姻契約書は作っている、というだけという実践。

 

百瀬さん

父親は国力に加担するシステムへの反抗として、婚姻届を出さなかった。

個人間の契約と、国家との約束は違うが・・・。

制度を使う人は国家に承認になってもらいたいのだろうか。国家への従属?

他社から認めて欲しい、主体性を失いたいのだろうか?

 

森さん

奥さんと呼ばれたりラベリングされることの心地よさ、演じられる喜びはあるんじゃないか?

 

遠藤さん

婚姻制度のメリット、保証されたものがあるが、そこで補えないものをピックアップして、契約書を使って遊べたらいいなと思った。

 

ロマンティックラブイデオロギーから出発していないから自由だ。

※ロマンティックイデオロギーとは?↓

今、学生が論文のテーマに選ぶ「ロマンティック・ラブ・イデオロギー」とは。|小島 雄一郎

 

本来ゆるい繋がりの方が本質なのではないかと考えた。ロマンティックラブイデオロギーを破壊したい。

フィクションとしてロマンティックラブイデオロギーは好きだが、自身が抑圧を受けるのは嫌。

わざわざ国に登録しなくていいのでは?望めば承認される人(遠藤さん・異性愛者)と、依然として承認してもらえない同性愛者(森さん)、破綻している二人で契約を作った。

全体が違ってたというのはただ話の中で気づき積み重ねていく。

 

兵庫県明石市には婚姻届、家族届け、などいろいろ名前を選べるようにった制度がある。自由に選んでいいというのは、奥さんと呼ばれて心地いいなと思うのとは逆で、厳密に自分たちの関係を自分たちで考えなければいけないので悩ましい…とここで従属したい欲望がでてくる。

 

リレーションシップアナーキーという、個々の関係性に名前をつけない思想がある。

名前をつけると序列が生まれる、名前がなければ序列は生まれない。

二人で、名付けたらそれでいいのに、さらに届けをだして承認してもらう必要があるのか?

承認する人の責任の重さをケアするためのハッピーのお裾分けって誓約書に入れている。

 

森さん

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栄喜_Family Regained

www.huffingtonpost.jp

(作品について)家族の中にいる違和感、ぎこちなさを撮影している。

現実にない世界線、自分にとってまだあり得ないので赤くしている、家族は血液のご縁。

 

百瀬さん

子供や介護のイメージがあったが、作品Love Conditionがケアなのは何故?

ケアはするされる、と想定されていない、相互やセルフケアのものとして使っている言葉。

 

前提にしちゃってること、相手は違うかも、確認し合うことが相手をケアして自分もケアされるエッセンスになる気がする。

安心して話せるか大事。

 

アーティストが自分のアイデンティティを扱うことが増えてるが、作品でセクシャリティを扱っても、言語的に本人にはっきり聞くのは問題だ。

はっきりさせずにどう表現するかのために作品を作っているのだから。

はっきりも立場の固定をしないこと、曖昧なままがケア、都度流動的に相手をいたわれると思う。

 

高橋さん

そもそも展覧会企画のきっかけはジェンダーサブカルチャーに関心があったこと。

女の子であることが楽しい、かわいいと思っていたものが、この構造自体を支持してきたことなのでは?と思い始めた。

女性ではなくフェミニズムの方が広く対立分断がなくできるのでは。美術館としても、最近の社会的なジェンダーへの注目を気にしていたが、積極的ではなかった。

=============メモはここまで=============

 

○感想

 

同時開催の別の展示(「ぎこちない会話への対応策−第三波フェミニズムの視点で」)のキュレーター兼写真家の長島有里枝さんが客席にいて、方向性が違ったということの議論を交わしていてバチバチで緊張しました。

 

アーティストって実践者だな~と視点が広がった展示会でした。

本を読んで色々考えたり、Twitterでみんなの意見を眺めるのもいいけど、こういう表現者たちの作品を通して考えることも、定期的にやってこうと思いました。

 

おしまい。

 

 

○関連

begin2019.hatenablog.com